2017年05月28日

高須の仇を旭で討つ

ちょっとうとうとしたあと、旭の毎日屋に安い刺身を買いに行くついで
本日もぶっくいん高知の百円棚を覗いた。高須の「ブ」の敵討ちである。
しかしほんとにこことは相性がいいな。

川本三郎「本のちょっとの話」

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久世光彦の「ひと恋しくて」の帯付き初版。

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同じく太宰治のことを書いた「謎の母」も。

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ついでに奥さんの方の店も覗いたら、小沼丹が各200円で出ていたのでこれも買う。
「ブ」なら安くて540円ってところだろうな。

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小沼丹もあと3冊もあれば読みたいものは揃いそう。

帰り毎日屋で「真鯵のお造り299円」を半額で買ってくる。これで晩飯。

だいぶ部屋の在庫もたまってきたので、明日は朝から整理してK林さんのところに一箱送ろう。
たかだか2〜3千円の金欲しさにブタがしめ殺されるような騒ぎだが、金がないのは首がないのも同じ。
キツキツでやっているので少しはヘソクリもしなくちゃ。
posted by T野 at 18:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

U原と高須の豚太郎へ

朝、下司病院に出かけがてら、ひょっと携帯を見たら
昨日の4時半から1時間おきにU原の着信が3回残っているのではないの。
電話をしてみたらおとといの「はと時計」の宴会を見てヤケを起こして酒を飲んでいるんじゃないかと心配したらしい。今日の礼拝に出てこないようなら教会に預けてあるカギを持って叩き起こしに行くつもりだったと言うではないか。
夕方はちょうど昼寝していたしマナーモードにしていたから全然気づかなかった。
オレはもう3年経って安定期に入ったし心配しないでだいじょうぶ。それより礼拝のあと昼メシをおごってくれやということになった。

礼拝のあと訊いてみたら長野に帰るのは今日じゃなくて明日なので時間はたっぷりあるとのこと。
オレが冷し中華を食いたいと言ったら教会のおばちゃんたちは華珍園を推薦してくれたらしいが
オレ的にはどこでもいいので、とりあえず自転車を置いてくるので高須の「ブ」へ連れて行ってもらうことにした。
ところが出かけてみると、1時間ぐらいかけて二人でじっくり見たのだが、オレは1冊も拾えず、U原もちくま文庫の深沢七郎コレクションを拾っただけであった。
高須の「ブ」といえばかつては全国有数の売り上げを誇ったらしいが、今や昔日の面影はなし。

さらに東に向かっていたら「豚太郎」が反対側に見えたので寄ってもらうことにした。
久しぶりの豚太郎である。
冷し中華も790円で出ていてそれと餃子を頼んだ。
具沢山でボリュームたっぷりで餃子もうまかった。正解。

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U原は「T野もこの3年の間にすっかり落ち着いてほんとによかった」と喜んでくれた。
普通あそこまで行ったアル中が3年でここまで回復することはありえないそうだ。
ひとえにオレの実力、じゃなかった周りの支えのおかげであろう。
あと2年でウェーブも定年になり、年金も月に13万ちょっと出るようになるので少しは楽になるとはいえ
今の週に3日で時給700円ぐらいの仕事がないかなあと言ったら
ウェーブに勤めているうちに母体の近森病院に働きかけておくように言われた。
あと市役所の就労係のY本さんにも相談しておくこと。
今の暮らしぶりなら充実の老後は迎えられるのではないか。
あと2年あれば葬儀代30万も貯まるだろうし。

そんな話をしてまたうちまで送ってもらった。
何か必要なものはないかというので
電子レンジのことを言ったら、しまった長野に使っていないのが残っていたはず。
探して次回には持ってきてくれるそうだ。
そういえば横浜のマンション時代は結構便利に使っていたよな。

とりあえず高知でのひとり暮らしも慣れてきた。
あと10年ぐらいこの調子で生きられれば御の字であろう。
元々ひとり暮らしなんだし老後には強いタイプのはず。
まあ元気出して行ってみよう。
posted by T野 at 15:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

母の脳死

昨日「ブ」で拾ってきた山口瞳を読んでいて
母と山口瞳が全く同じ年の生まれであったことを思い出した。
大正15年、1926年で母は3月山口瞳は11月生まれだった。
亡くなったのは山口瞳は1995年で69歳、母は2009年7月だったので83歳。
母の方が14年ほど長生きしたことにはなるが
山口瞳の方が亡くなる直前まで「男性自身」シリーズの連載を書き続けたのに対し
母は80前から植物人間状態だった。

母は膝を痛めて上尾病院に入院したおり認知症の疑いが出て
東京女子医大病院で検査入院を受けた結果「大脳皮質基底核変性症」という難病の診断を受けたのだった。
ゆっくりとだが確実に進行するアルツハイマー系の病気だった。
当時は入居先のホームが見つからず病院を転々としたあげく、やっと埼玉櫛引にあったグループホームに入居できたのだが、あれが何年のことだったか思い出せない。

入居当初から車椅子には載っていたがまだ職員とあいうえおボードを使って筆談ができていたのだが
毎月見舞いに行くたびに体が傾いていき、最後は植物人間状態だった。
最期が近い頃医師に脳のCTを見せられたのだが、小脳のごく一部に赤い部分がある以外は真っ白になっていてショックを覚えたものだ。

ところが亡くなる4日ほど前だっただろうか母は誤嚥から肺炎をおこし
上京してきていた叔母と、妹夫婦と四人でおそらくもう最期になるだろうということで
指扇の療養病院に見舞いに行ったことがあった。
そのとき、もはやパイプでグルグルにまかれ植物人間状態だったはずの母が突然目を開き
オレの顔だけをじっと見続けたのであった。
脳死状態であったはずなのに、やはり臨終の近くにはそういうことが起こるのだろうか。
妹は「お兄ちゃんばっかり見て」と憤慨していたが
最後まで独身だった馬鹿息子とはいえ、あとの三人を見向きもしなかったのは確かに異常だった。
脳死していたはずの母に、最後になってああいうことが起こったのを今でも不思議に思う。

夜中にふと目が覚めてそんなことを思い出した。
ルイ・アームストロングの「Kiss me once Kiss me twice Then Kiss me once
again 」を聴いている。
posted by T野 at 03:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月27日

朝倉の「ブ」は宝の山よ

朝相談室に行き今週の生活費を受け取る。
残高3万2000円となったが、来週からは生活費その他を引いても三週連続で預金ができる。
K江さんに「やっと残高ゼロなんてことがなくなりましたねえ」と笑われた。
これから月々3万円は頑張りたい。ここんところバカみたいにCDを借りたり買ったりしたが
それも終わったから理論上はだいじょうぶなはずだが。

昨夜の旧友再会の話をちょっとし、長くなるのでブログを読むよう勧める。面白かったんだから。
K江さんも「ほんとに高知に帰って来てよかったですね」と喜んでくれた。
生まれた場所に帰って来れたのがこんなにうれしいとは予想もしなかったなあ。
もう思い残すことはないと言ってもいい。

と言いつつ本日もそのまま朝倉の「ブ」に向かう。
今日も良い天気で気分がいい。
いい収穫があった。

まず藤枝静男「田紳有楽」の函、帯付き初版。

続いて編集者・川島勝「井伏鱒二」

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あとは文庫で安西水丸「手のひらのトークン」
これ最近では見なくなった。

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山口瞳の男性自身「生き残り」も。これはうれしい。

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太田和彦「超・居酒屋入門」
酒も飲めないのに居酒屋の本を読んで面白いのかと訊かれても、酒好きだから読んで頭がキモチ良くなればそれでいいのだ。
「酒は何にしますか」
「辛口」
「へい」
元酒呑みはこれで分かるのである。

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それとこれは別人の太田静子「斜陽日記」。
太宰治の愛人の回想である。あと太宰の「新樹の言葉」も。

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これだけ拾えれば満足である。

最後にこれは内緒で表紙だけ。
感無量です。

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posted by T野 at 13:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月26日

旧友再会。そしてボケは進行する。

6時前U原が迎えに来てくれ「ハングリー ベア」でハンバーグ定食をご馳走してくれた。
「お前とこうやって食べてるのが一番えい」と言ってくれるので助かる。
心筋梗塞の話もしたが「お前みたいなやつがかえって長生きするんだ」と言われると
そんな気もしてくる。相変わらずうまいハンバーグであった。

それから家に向かっている途中、なんとM沢敏博からU原に電話が入り、今、南のはと時計で呑んでいるのだというではないか。
急きょ向かうことになった。

M沢とは中学の同級生で仲が良かったのだが、会うのは高校を卒業して以来になる。元柔道部。
北大を出たあと高知に帰り県警の署長まで上り詰めたやつである。
はと時計に着くとすでにM沢は三人で呑んでおり、会うなり
「おおT野、久しぶりやなあ」と固い握手を交わす。顔もつやつやしてオレより若そう。

あとの二人も同期生で見覚えはあったが名前まで思い出せなかった。
一人はD井と名乗ったのでなんとなく思い出せたが、もう一人の太ったのは誰だっけ。高校ではB組で女子は5人しかいなかったそうだが。
オレのことはバスケ部で有名人だったから(いやほんとに)二人ともすぐ思い出したが
アル中になって高知に帰ってきたことは初耳だったらしく驚いていた。

すでに酒が入っており各地の銘酒の瓶がゾロゾロ並んでいてみんなに
「T野悪いなあ」と言われたが
いつものように「オレはぜんぜんだいじょうぶだからどんどんやってくれ」とは言ったものの、さすがに疲れが出た。
U原も車は代行か何かを頼むと言って飲み始めたし、悪いけど先に電車で帰るわと言って本日も中座することにした。
仕事もあったしほんとにヘトヘトだったのだ。
M沢とは携帯番号を交換し、また会うことにする。
それにしても高知県警の署長とはなあ。今は天下りで別会社にいるそうだが。

その他いろいろ懐かしい面々の消息も聞けたのだが頭がついていけんのだ。
中学のバスケ部でキャプテンをしていて高知新聞社に入ったS賀は先月死んだらしい。
お互いみんなそんな歳になったのだ。ほんと少年老い易くだな。
最後に三人と固く握手をして「はと時計」を後にした。

帰宅して風呂に入ってやっと少し回復したが、ほんとに自分の衰えを痛感させられた夜だった。
まだバスケをやってると言ったらさすがに驚かれたが、今やってるあれをバスケと呼べるのだろうか。
それとアル中というとやはり少し相手が引くのが分かるので、その辺はM沢のような親友とそうでない友達の差は歴然である。お互い気を使うのでますます疲れる。早くいとまして正解。

うれしいことはうれしいのだが、生活保護を受けながら障害者施設で働いている自分が情けなくもあり複雑な心境である。何とも言えない気持ち。
でもまあ、衰えつつも以前よりは回復してるのだし、いい夜だったということかな。
このブログにも一応は書き記すことはできたんだし。(書いておかないとすぐ忘れるのだ)
ただもうちょい早く電話くれたら豪華刺身盛り合わせとか食べられたのにー。それは残念。

とっても「A Hard Day's Night 」であったが今夜のことは忘れないでいたい。感無量である。
友よまた会おう。
posted by T野 at 21:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

喫茶店のマスターT野

7時半まで爆睡。今日も猛暑日。

11時20分に本日のパン販売の準備のため二階事務所に降りていく。
まずはオルソまでNさんのお供をさせられ、その後看護学校へ戻る。
今日から一人でやるのかと思っていたらやはり職員はついていないといけないというので
一階の女性職員のY田さんが後からやってきた。
もう慣れたので大方は一人で準備できた。
Y田さんは初めてのパン販売についてくれた人で、完売実績のあるゲンのいい女性である。
大船に乗ったつもりで突っ立っていたら今日は順調に売れ始めた。やっぱりね。
Y田さんに本当はオルソでコーヒーを入れて患者と話とかしたいんだけどなあ、と言ったら
「T野さんって喫茶店のマスターみたいだから向いてそう」と言われて驚く。
そんなことを言われたのは初めてだ。
どう考えてもオレがマスターだったら客が来たとたんに露骨に嫌そうな顔をしそうではないか。
Y田さんというのも変わったひとである。
残念なことに今日も完売ペースだったのだが最後に一個だけ残った「ちょこっとハビちゃん」がはけず連続完売とはいかなかった。
しかしさすがY田さん。彼女こそ客商売に向いてそう。
ただ最後にパンの入れ方が雑すぎると教育的指導を受けた。やっぱりなあ。
ダンスの秀雄先生にもよく「T野さんの踊りはぶっきらぼうすぎ」と言われたものなあ。
基本的に接客は無理。

昼休みは1時45分までとなったので5分で弁当を済ませ昨日県立図書館で借りて来た小玉武の「美酒と黄昏」を読む、サントリークォータリーの編集部で山口瞳の下、原稿取りと編集を叩き上げられた人なので、作家と酒を取り上げ読ませる。山本周五郎や直接会ったことのない太宰治などの話が面白かった。

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午後は紙ナプキン畳み作業。
終わり頃になってU原から今夜飯でも食おうというので
以前行ったうちの南にあるハンバーグ屋に連れて行ってもらうことになった。
6時に迎えに来てくれるのでそれまで一眠りするか。
posted by T野 at 17:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月25日

眠れない夜

例会の興奮と疲れが残っていて今夜はまだ眠れそうにない。
眠剤を飲んで吉野弘の「奈々子に」を読み返して心を静めている。


お父さんがお前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。

ひとがひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。

自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。

自分があるとき
他人があり
世界がある。


自分を見失いかけたとき
いつもこの詩に帰ることにしている。
何度も何度も自分を見失ってきたし
生きてる間は続けるだろう。
その度に読み返すだろう。
しかも最近はアル中に加えて認知症も進行しているし。

再断酒して1年2ヶ月。きっかけとなった、去年の三月の末にやらかしたK江さんとの「ゆびきりげんまん事件」を思い出すたび
あんな恥ずかしいことだけは二度と繰り返すまいと心に決めている。
そんな自分が「自分を愛する心」を持つなんてことができるだろうか。

言っとくけどさあ、「自分を愛する心」なんだぜ。わかってるんだろうな、おい。
T野がわかってると思う人は手を挙げてみて。(しーん)


posted by T野 at 22:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

U原帰高

さっきU原から今高松にいてこれから高知に向かうところと電話があった。
相変わらず突然なやつである。
6時から6時半の間にお土産を届けてくれるとのこと。
今夜は例会なのでゆっくりできないのが残念。

それはそうとテレビのリモコンがさっきから見つからないのである。
やっぱりリモコン入れが必要なのだろうか。
どんどんボケがすすんでゆく。
打つ手なし。
posted by T野 at 17:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする