2018年03月26日

ブログの引っ越し

あまりにも不調なので下記に引っ越しました。
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サルスベリ老人日月抄 ライブドアブログ
posted by T野 at 07:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月25日

医療センター讃歌

あと3晩寝ると退院というところまできたが
医療センターでの2週間の入院は思いもかけず快適な骨休めとなった。
手術に耐えられるよう身体を鍛えた上で、まな板の上の鯉の心境で入院したのがよかったのだろう。
今まではそんなことはなかった。
少しは過去の過ちを反省した上で学んだこともあったと言えるかもしれない。

それにしても手術はうまくいった上、清潔で眺めの良い個室に入れてもらえたのは思いもかけない幸運だった。
世の中こううまくいくものではない。(だんだん退院したくなくなってきたな)

しかし油断すると、落とし穴が待ち受けているだろう。
夢のような2週間のあとは、また世間に復帰しないといけない。
医療センターはあくまで病院であり、無料老人ホームではないのだ。

それでも家には帰れればギターと音楽が待っているし、市営プールにも行けるし、
南のはと時計のカツカレーも食えるし
おそるおそるだとはいえウェーブにも復帰ができるのだ。まんざら世の中捨てたものではない。
ポジティブに考えよう。そして身体も引き続き鍛えよう。
次の食道がんの手術までの3週間はあっという間だろう。

医療センターよいったんさらばだ。ありがとう。 
次回の手術もうまくいって、がんから開放されますように。

posted by T野 at 22:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

N田氏お見舞いに来訪

2時過ぎラウンジでネスカフェを飲みながらしばらくのんびりする。ダバダ〜。
春霞がかかった晴天である。春本番だなあ。

部屋に戻ったところでカーテンが開いてN田さんがひょっこり現れたのにはびっくりした。
今日は教会の花見では?と尋ねたら、パスして一旦帰宅したあと車で来られたとのこと。
N田さんはいつも教会と天神橋の住まいの間を歩いて通っているイメージしかなかったので驚いた。
手術後は辛いだろうからお見舞いに来るなら今日あたりかなと思ってと言われ恐縮する。
教会とは最近ほとんど遠ざかっているというのに。
28日に退院するので4月1日の日曜礼拝には顔を出すつもりだと言ったら
一人では大変だろうから退院の日に車で迎えに来ましょうかと言われるので
荷物もわずかだし病院前からバスと電車で充分。最近は身体も鍛えているのでと思いとどまっていただく。
ソファーを勧めても立ちっぱなしで、医療センターはいいところだからゆっくりしていってください
じゃあおいとましますがどうぞそのままでと言いながら、最後にはお見舞いまでいただいてしまった。
うーん、本当にありがたいが、来ていただいただけでも驚きなのに。
これからも旭教会とはずっとつながっていようと思った。

その後今度は妹から電話。
退院の事を伝えたら、先日部屋の掃除をしていたら「夢丼」という雑誌が出てきてお兄ちゃんの写真が載っちょったと言う。
おおなつかしい。創刊間もないころ編集者と手がけた本という巻頭特集に出てくれとお誘いがあり
池田さんの「モロッコへ行こう」の原稿を書いて本を持っている写真を撮られたのだった。ものすごい顔で写っていたはず。

image.jpeg


あとがきでに添えられたイラストではウマにされたオレが載っています。


その他にもオレがあげた本が何冊か出てきたので退院に合わせて食べ物と一緒に送ってくれるそうだ。
まさか妹から支援物資を送ってもらえるとは思わなかったが、オレの家の押入れからも姪っ子たちが小さかった頃のアルバムが出てきたのでお返しに送ることにしよう。

その後県立文学館のHPを見ていたら原画展でダヤンの図録を販売することが記載されていたので
ふうちゃんに電話して今度会う時1冊持って来てもらうことにする。


本当に他人様のお情けで生きている男と言われて当然であるが
まあ中々真似をしようもない特性だと笑ってください。
posted by T野 at 16:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

密かな断酒宣言

術後ずっと朝夕続いていた吸引も今朝のが最後になった。
入院もあと2日半。もうちょっと居てもいいんだけどね。

LAWSONのコーヒーのラージカップは200円もするので昨日ネスカフェゴールドブレンドの180mlスティック10本入りを買って来た。
こちらならほぼ同じ値段で一升飲める。(おい)

南に退院が決まったと電話をする。来月になったらカツカレーを食いに行くことを伝える。
早速4月1日に出かけよう。次の入院までにもう一回ぐらいは行くから1日は退院祝いにしてもらおう。

高知新聞の朝刊を買ってきたら、1面の三八ツ広告に下司孝之「断酒会に寄り添ってー下司孝麿伝」の近刊予告が出ていた。
そういえば入院中月曜例会に一度出たとき元理事長から4月1日のフォーラムに出たら進呈すると言われたのだが
オレはこれからの余生は酒も断酒会とも手を切る決意をしているので遠慮させてください。

昨夜K地さんに今度こそもう酒はやめたといったら、入院中だからそう言ってるだけで元気になったらまた飲みたくなるから気をつけなと言われたが、世間としてはそれが当たり前の反応だろう。「お願い信じて」
ジャニス・ジョプリンに「Trust Me」という隠れた名曲があるが。(下のアルバムに入ってます)

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しかし池田さんと約束した通り、今度飲んだら「人間やめます」と言ったも同然で誰も相手にしてくれなくなるからねというつもりで、もう酒のない余生を送るのだ。
再入院したことでもう充分信用は失ったし、もはや後は自分の問題である。
オレにもプライドは残っているということで
これ以降、酒のことに関しては沈黙を守りたい。

グレアム・グリーンではないが、バッカス様、オレは酒のおかげでもう充分なものを失いました。これからはオレのことは永遠に放っておいて下さい。

蛇足になるが再入院以来、毎食後にレグテクト錠という飲酒欲求を抑える薬は効いている。
posted by T野 at 13:23| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ちょっと筋肉痛

昨夜は11時ごろ寝たのだが3時に向かいの部屋のおばあちゃんの声で目が覚めた。
「看護婦さーん、背中が痒い〜、かいてー」というもの
このおばあちゃんは寝ているとき以外は「看護婦さーん、ちょっと来てー」をやっていて
「おしっこ出たー」とか「寝れんー、寝させてー」なんて言ってるのだが
意外に愛嬌があり面白い。

しかし妙に目が冴えて5時頃まで起きていて6時半まで寝て、検温で起こされてから昨日に続きストレッチをやった。
柔軟のほかにくねくね体操を100往復。脚の屈伸を10回。
ベッドの上で両手を首の後ろで組んで身体をほとんどLに近いVの字型に保つのを40秒×2回。
この中では足の屈伸が一番きつい。よほど脚力が落ちているのだろう。
上体を全部落とす負担で膝を痛めるといけないので十回にしたのだが情けない。
無理せずヒンズースクワットに戻したほうがいいかも。

7時50分の朝食の後また寝ていたら10時に同じ階の耳鼻科の診察室に呼ばれた。
異常はないと言われたが、朝夕の痛み止めの薬が昨夜で切れたのでくださいと言ったら
毎回申告されたら出すことにすると言われた。
確かに術後の痛みを10としたら、今は3まで行くかな程度ではあるのだが、飲むと2以下になるのでもうしばらくは出してもらいたい。
痛みにはまるっきり弱いタイプ。
入院前のギックリ腰はいつの間にか治った。

あとLAWSONのラージコーヒーはにひゃくえn
posted by T野 at 10:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月24日

続きの続き

またブログがおかしくなったので続き。
Y道さんの新刊はこれです。

image.jpeg

(山道正克 釣り友 で検索)

励ましてくれてありがとう。
いかん、K地さんとY道さんと久しぶりに話したら
ジャリ研時代のあれやこれやが走馬灯のように頭の中を過ぎり始め
涙があふれそうになってきた。

ジャリ研のみんなもこのブログを読んでくれてるようだし、オレもまた元気を出して歩き始めよう。
堺正章の「涙から明日へ」を歌いたい気分であります。いい歌なのでみなさんもネットで検索してみてください。
チャオ!
posted by T野 at 21:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジャリ研の先輩Y道さん

またバカブログがイカれたので続き。

でK地さんとがんの話を続けていたらK地さんが
「T野も馬鹿だなあ。Y道がいるじゃないか」と言われ
おおそうだったと思い出した。

Y道さんはK地さんと同学年ジャリ研の先輩で北海道の出身なのだが
以前読売新聞の「難病と闘う」というシリーズに写真入りで登場したのだ。
その後年に一度、検査で上京するのに合わせてジャリ研仲間で集まるようになったのだった。
1歳半ぐらいの子供もできで元気にしているということで電話を教えてもらいかけてみた。

なんとY道さんは時々オレのブログを読んでいるそうで再飲酒と今度の手術のことも知っており
ご自分の手術のことも詳しく教えてくれた。

Y道さんが受けたのはのどの手術で、大雑把にいえば喉頭 がん。
声帯を司る器官が声帯の近くにあって、その四分の一ほどを切除するという
日本初の手術を北里大で受けたということで新聞で取り上げられたとのこと。
ミュージッシャンのつんく♂?なんかはその後同病で声帯ごと全摘出したそうだ。
そういえば手術後初めて再会したころはほとんど声が出なかったのに
だんだん聞こえるようになり、さっきの電話でも声は小さいとはいえ、はっきり聞こえたもの。
でその手術を見学した北大の医師が北海道でも手術をするようになりY道さんも半年に一度北大で診てもらっているそうだ。

そういえば北海道で釣りの新聞を作る仕事をしていたことを思い出し、そのことを聞いたら
なんと最近つり人社から本を出したらしい。ジャーンこれです。買って読まなくては。


続いてオレの話になりT野ももう酒はきっぱりやめて、年間でのんびり、ていうかまだこれからだと思って何事にも前向きに取り組みなさい。高知といえば釣り人にとっては憧れの地なんだから釣りもやれ。
あきらめるな、俺も応援してるからなと言ってくれた。

さらにジャリ研同士で結婚したM藤さんが奥さんの貴美子さんのお母さんの介護のため富良野から神戸に引っ越した話も聞いた。
来週の土曜日に横浜中華街で開かれるジャリ研の集まりにはM藤の藤吉先輩も出席されるそうだ。

いかんジャリ研のあれこれが走馬灯のように
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posted by T野 at 21:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

食道がん手術を勉強

咽頭がんの手術はつつがなく終わり次は食道がんの手術である。

前回は全身麻酔で2時間ほどかかり、入院も2週間であったが
次回は局部麻酔で、手術も1時間、入院も1週間というので安易に考えていたが
医師も患者には相当つらい手術だと言っていたし、今日のU原の話を聞いてどんどん不安になってきた。

遠藤周作の「海と毒薬」みたいに麻酔もかけず腹を切られる訳ではなかろうが
昔江國香織のお父さん江國滋の食道がんの闘病記を読んだことがあって、その辛さの片鱗は記憶に残っている。
早く安楽死させてと訴えて亡くなったんだよなぁ。ブルブル。

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で、先日図書室に置いてあった各種がん情報シリーズの食道がん編の小冊子を読んでみた。
「内視鏡的粘膜切除術(EMR)」と言って、基本的には胃カメラと同じ。
内視鏡を食道に挿入し、超小型のメスでがん細胞を掘り出し切除するわけで、図解もしている。

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しかしその手術の痛みやつらさについては、いくらネットで探しても見つからないのだ。
まあ施術医本人がつらさは保証しているわけだから、いくら局部麻酔をしていても間違いなく拷問を受けるようなものなのだろう。
なんか想像しただけで恐ろしくなってきたではないの。
1時間とはいえ、まだ拷問を受けたことはないからなあ。

と言うわけで久しぶりにジャリ研の先輩K地さんに電話してみた。
K地さんもオレの第一次アル中時代に血液がんが発見され互いに闘病を励ましあったのだが
現在ではほぼ完治し、3ヶ月に一度経過診察に通われているそうでよかった。
オレの生活保護の状態や年金の詳細などのことも聞かれて。

それで誰か身近な人で食道がんの手術を受けた人を知らない?と聞いてみたら
「」
posted by T野 at 20:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スクワット再開

安部に退院の報告。31日の山寿会の音楽療法から参加することを伝える。
続いて浜崎にも見舞いの礼を言う。

U原に電話したら、ちょうどオレのブログを読んでいたそうで
「再飲酒して入院したおかげでがんは早期発見されるし、なあーにが万全をきしてもう少し居させてくださいじゃ。Y原長老には見舞いに水ようかんまでセビるわ。つくずくお前って奴はへこすい男じゃのう」と言われたので
「人生でモノを言うのはズルさだぜ。へっへっへっ」と答えたら
「本当はお前のような生き延びる人間になれるように教えるのが教師の仕事やけんど、そこまで厚かましく育てるのは難しい」のだそうだ。
ズルさも立派な才能であります。好き放題、身勝手に生きるのもそう簡単じゃないんですよ。美子さん。
しかし「学芸高校史上最悪伝説の13期」の中心にいたのはオレやU原や南、そして委員チョーさんの孝雄であろう。悪知恵だけは働いたからな。共犯者だったくせに。
「ところで咽頭がんや食道がんは酒呑みよりお前みたいな喫煙者がなりやすいんだから、早うよく診てもらった方がいいよ。もう手遅れかもしれんが」と言ってやったら
「食道がんの手術って嫁さんの姉さんが言ってたが、マジでものすごく痛いんだそうだぞ」なんだって。それは医者も言ってたなあ。クッソお。
U原と話してるとイヤミの応酬になってしまうなあ。

南にも電話したが忙しいのか出ないので、久々に本格的なスクワットを開始する。
ラジオ体操とバスケ時代のウォーミングアップとM好隊長に習ったやつのミックスだから結構きつい。
腕を見ると老人特有のシワができており歳だなあと思ってしまうが、尻の肉の張りなんかは中々のものである。
嘘だと思うなら触ってみたまへ。(女子限定)

病室でこんなことをやっているとフェリーニの映画サテリコンに出てきた道化師みたいだが
継続は力なりである。
退院まであと4日あるし筋肉痛になるぐらいやってみよう。入院というより強化合宿みたいだな。
ああ肉が食いてえなあ。
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posted by T野 at 16:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

退院決定

考えてみたら今日は土曜日で明日まで図書室が休みだったことに気づく。ばかばか。
でも庄野潤三の「ピアノの音」ほかがあるので大丈夫だった。

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今朝はほとんど喉の痛みを感じず。
昨日の賤しい菓子パン食いがかえっていいリハビリになったかもしれん。
LAWSONに行き、杏仁豆腐とコーヒーゼリーと「2種のしっとりチョコスティック(130円」)を買ってくる。

展望室で高知新聞を読んでいたら今日で母校学芸高校の上海列車事故から30年経ったことを知る。
オレも長生きしたものだ。あの事故にあった後輩たちももう45歳なんだし。
と感慨にふけっていたら今日の若い担当看護士(かわいい)が耳鼻科の診察ですようと呼びに来た。
今日の担当は「ちはやふる」の綿谷新に似たメガネの裏口じゃなかった浦口先生。
もう出血の心配はなさそうなので来週早々に退院してもいいとのこと。
うーん、オレ的には生活費の節約のためにもうちょっといてもいいんだけどなあ。医療センターの個室は清潔で眺めもよく快適なのである。
というわけで粘って来週28日の水曜日に退院することが決まった。
で通常食を食べられるようになるのはいつですかと聞いたら、通常術後3週間だとのこと。
退院後1週間ということになるが「お粥を炊いて、ハンバーグとか目玉焼とかポテトサラダや豆腐をゆっくり噛んで食べればいいんですね」と確認したら、それでいいとのこと。
まあオレの場合今月いっぱいで通常食に戻れるだろう。カツカレーはもう1週間はかかるだろうが。

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早速、Y原長老に報告。
昨日の粗相のことを告白して悔い改めるよう、とっちめられる。
それでも近くお見舞いに来てくれるそうでおみやげは何がいいと訊かれ、迷ったが水ようかんをお願いする。
明日は旭教会の花見だそうで場所はオレがいつも自主トレをやっている公園だそうだ。
あそこなら車椅子用のトイレもあるしな。
4月1日の日曜礼拝には行くことを伝えて電話を切る。

結局丸2週間の入院かあ。
1週間で
posted by T野 at 11:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする