2017年09月19日

うらら先生に久しぶりに電話

この前のブログで横浜のマンション時代のことをいい時代ではなかったと書いたもんだから
うらら先生はさぞ怒っているだろうなあと思ってさっきお詫びの電話をしたらやっぱりカンカンに怒っていた。
ああ口は禍のもとである。懲りないやつ。

でも話をしているうちに(一応元愛弟子だし)教室も順調で夏の発表会もクリスマスの教室のパーティーも順調とのことで一安心。
考えてみれば新横浜駅からすぐのものすごく立地のいいところである。
ラーメン博物館とか、JRAの場外とか以外に、プロ用のアイススケートの練習場があるのだ。
この前シニアデビューしたなんとか真凛ちゃんだったか可愛い娘さんなんかもその辺を歩いているのである。

競馬ですってんてんになったとか、時計を質屋に入れようとして断られたとか
思い出したくない思い出があまりにもたくさんありすぎて
オレには鬼門であることに変わりはないが
やはり教室のことや覚えている生徒さんの話を聞くとなつかしい。


M上さんとかK島さんとかなつかしい人の発表会のビデオなんか観たいからコピーしてよと言ったがパソコンには疎いのでだめらしい。教室のホームページでさわりだけでもアップしてくれるといいんだけどね。
これ以上書くと怒られそうなのでやめときます。

うらら先生はいいマンションだったけえど高知に帰ったことはほんとによかったと思うと言ってくれた。
おれは帰って来る直前、エレベーターの前で
どうしてこんなことになっちゃったんだろうと泣いたことは忘れません。

でもなるようになっちゃったし、またお会いできる日はくるかもしれないと思う。
「」
posted by T野 at 22:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夢のあと

久しぶりのウェーブの作業はやはり疲れた。
昨日の余韻に浸っている間もない。人生は続くのだ。

昨日の酒害セミナーが夢のようだ。
プレッシャーからは解放されたというのに
祭りが終わったようなさびしさも感じる。
昨夜いただいた千円弁当はおいしゅうございました。

帰宅して風呂に入ってからU原に電話したらこれから迎えに行くと言って5時には着いた。
定番ハングリー・ベアーに向かう。
牛肉100パーセントのハンバーグはめちゃうまだがさすがに高い。一人では無理。

この前来たのが5月で、次回は12月。
定年後の話もする。取り柄である体力と身長を活かせる仕事があればいいのだが。
月に3〜5万も稼げれば年金と合わせれば高知では富裕老人である。
そんなことより
まあ3年前、あのまま飲み続けていたら間違いなく命を落としていたのだから運の強い男なんだそうだ。
65を過ぎたらほんとに余生である。生きてるだけで幸運。
細かいことだがあと1年でiPadの月賦だって終わるのである。月に3千円は大きいぞ。
あとアップルの下らんサービスをタップするのを止めればさらに400円ぐらい浮きそう。

U原はこの3年はあっという間にあっという間だったと言うのだが
オレにとっては長い長い3年間であった。
この3年間のブログを原稿用紙に換算すると大長編であろう。
先輩の吉井さんは、これだけ自虐的かつ露悪的なブログも珍しくからセレクトして本にすれば買ってくれる人もいるんじゃないかねと言ってくれてるし、どこか原稿料払って出してくれませんか。家族の者が助かります。




読み返す気も起こらないぐらいブログも書いたし。原稿用紙にしたら大長編と言えるだろう。
これからはさらに牛のよだれのように続いていくのかな。
posted by T野 at 18:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

ヘナヘナと今日までそして明日から(俳句じゃん)


とりあえず肩の荷が下りた。
U原の車で近森のリハビリ病院に転院した南を見舞う。
近所の皮膚科の医者に足にできたタコが治らないので診てもらったのだが、だいじょうぶと言われ続けていたのだが
ある日熱か出て内科医に行ったら一刻も早く日赤に行けと言われたそうである。ヤブ医者っているんだな。

でももう右脚はなくなっちゃったんだしまるでカフカの「変身」みたいだなと人事だから思う。すまん。
U原も大学を卒業して高知に帰り南とは長い付き合いだから好きなことを言っている。
病棟の談話室で大声で喋っているのだからもはや病院中の顰蹙を買うのは必至。
それにしてもU原の声はでかい。

南も悔し紛れに「ああ、早く酒が飲みてえ」なんていっている。
酒害セミナーで発表を終えた友達の前で言うか。
でもU原は今日の由宏の発表はよかった、3年でよくここまで立ち直ったと喜んでくれた。

明日からまたウェーブの仕事だが夕方ハングリー・ベアーに連れて行ってくれるそうだ。
それに電子レンジももらったことだし次の目標は料理の達人かな。
必要は発明の母だというではないか。

まずは一人でも生きていけるようにしたい。
高知に帰ってほんと周りにはめぐまれたから(親戚には見放されたが)
みんなにデクノボーと呼ばれながら余生を生きていたいと思う。

セミナーが終わって余計な肩の力が抜けたかもしれないね。
デクノボーと呼ばれる素質はもともとあるし
みんなにデクノボーと呼ばれながら余生を生きていこう。
posted by T野 at 18:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひゃー終わったあ

本番当日。8時半に起きる。
台風一過の青空。
近くの公園で柔軟体操をやったがまだちょっと入院の影響でヨタヨタする。
回復には入院の3倍かかるというのは本当だな。

昼前県民ホールに行ったらK江さんがいた。
4階でY原君が弁当を配っているというので、U原が12時半に来るのでその時またと言って一旦帰宅。
しかし弁当を食べる気がしない。晩飯に取っておくことにした。

12時15分にU原からもう着いたとメールが来て慌てて出かける。相変わらずせっかちなやつだ。
着いたらO倉と話し中だった。
そこにK江さんがやってきたので持って来たiPadでツーショットを撮ろうとしたのだが
いつの間にかO倉のヤローが紛れ込んでいるではないか。バカヤロー。
四人で再撮影。
ブログのおかげで左半分しか写らないので結果ツーショットになった。ザマミロ。
いい思い出になりました。K江さんありがとう。(写真はK江さんからストップがかかるまでアップ。オレのアル中のバカ面がK江さんのチャーミングさを引き立てているところに満足しているのだが)

image.jpeg


あっという間に本番が近づき会場に入るとオレの席は最前列であったが
左手上の壇上にいたK江さんが「だいじょうぶですよ」とうなずいてくれたので腹をくくる。

紹介を受けて壇上に上がったのだが思ったほどの緊張は受けなかった。

結局原稿はほとんど見ることはなく
ええいままよと心に浮かんでくるままに話をした。
原稿通りに読めば15分か20分はかかっただろうが10分ぐらいだったかな。
言いたいことの半分も話せなかったということかも知れないし
ずいぶんはしょってしまい筆山のお墓のはなしを省略したのは残念だったが
今日の話はK江さんとU原と下司病院の職員に伝わればいいやと思っていたのでよしとする。
長い道のりだった。

posted by T野 at 16:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月17日

夢・梶井基次郎を能天気にしたような短編を書きたい

U原から4時ごろ電話がありこれから行くから飯でも食おうやと言ってくれたのだが
本日はとてもそんな気分になれないので明日が終わってからにしてくれと断る。
明後日からはウェーブが始まるが、なあにたかが日給1,250円である。休むさ。

しかしU原は明日は八朗学級の誰かも応援に来るなんてプレッシャーをかけてくるのだ。
キンチョーしそうだなあ。
司会のK江さんのところに行ってどさくさ紛れに手を握ってもらうとか
何かアトラクションをやった方がいいかもしれない。

まあ話す内容は上っ面のことでしかないのだが
自分なりにもう3年経ったのかという感慨はある。この3年は長かった。
15分ではとても語り切れるものではないが
ブログだけは書き続けてきてよかったと思う。
大事なことはセミナーで話せるものではない。

ともあれ明日が終われば、いよいよ自分の新しい余生がはじまるのだと思うと
心躍りも感じている。

ブログのログを見ていると
あー、そういえばそんなこともあったなと思う。
三角関係と言っては大いに語弊があるが
下司に入院してからのU原とK江さんとの3年間というのは小説に書いてみたいような気もする。
U原とかるぽーとの近くの公園で花見をしたことなんてなつかしいねえ。
posted by T野 at 17:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

超大型台風直撃

土砂降りの雨の中3時にU原到着。
電子レンジ、レンジ台、お土産を家に入れる。
これからお姉さんの所に寄ってまた来ると言ったが
この台風だし今日はやめておこうと言う。
本番前日に二人して車が転覆して死亡では悲惨である。

U原が去ってさらに強風がキツくなった。
こんなすごい台風は小学校のとき以来である。
あのときは家の中にいても風圧で耳がおかしくなるほどだった。
今回の台風もあれに匹敵するのではないか。

これから9時ごろまでさらに接近ということなので九州の状況を見ても
相当な被害は避けられないだろう。

とりあえずキャスター板の上にレンジ台を乗せ電子レンジとオーブントースターを設置した。
キッチンだけなら生活保護者とは思えん。
とりあえずあとの整理は明日以降にして
今夜は明日の原稿の下読みに励もう。

しかしU原が「嵐を呼ぶ男」だったとは。
「風と共に去りぬ」ということになるんだろうな。
posted by T野 at 15:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

台風大したことないのか

9時に起きたら雨は降っていなかったので下司病院に薬を飲みに出かける。
台風はのんびりしていて高知は今夜がピークの模様。

礼拝に出かけたらU原からメールが来て3時には着きそうだと。
早めに出たのかもしれない。
帰りY原長老から栗ごはんをいただく。
ん?ということは料理ができるまで回復されたということだ。
オレもまだ入院の影響があるのでリハビリしなくちゃ。

明日はいよいよ酒害セミナー本番だが原稿もろくに読み返してない。もう飽きちゃったし。
できれば臨機応変に前を向いて話したいが、無理なら原稿棒読みでも仕方ない。
とにかく今年の年頭からずっと喉に魚の小骨がささっているようなイヤーな感じが続いていたが
それも明日で解放されるのだ。ほんとつらかった。
アル中だから仕方なかったのだが。
いよいよあと1日である。
終わったらバンザイをしたい。

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posted by T野 at 12:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月16日

万事お金の世の中

この前、片足を失った南を見舞いに行ったとき
パラリンピック選手の活躍を見ても最近は義足の技術も随分発達したみたいだしみたいなことを言ったのだが
「あほー、あれは金があるからあんな立派な義足がつけられるんじゃ」と一喝されてしまった。
生活保護を受けていると世間の金銭感覚がなくなってしまうのかも。

「雨ニモ負ケズ」の宮沢賢治も実は裕福で、聴きたい音楽のレコードを片っ端から近所のレコード屋に注文したもんだから
そのレコード屋はキングレコードだったかメーカーに表彰されたんだって。
考えてみれば万事お金の世の中であるということをやっぱり理解できていないのであろうか。
よくわからない。

オレ的にはチェロはいいのでウッドベースが欲しい。
中古で20万円くらい。


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posted by T野 at 21:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「おんぼろピアノ」聴けました

ふっと思い出したのだが
家にあるWindowsXPのMebiusに確かMediaPlayerがついていたなということに気がつき
試しにちゃるちゃんさんにいただいたCDをセットして
「ファイル」→「開く」をやってみると
おお出ました。
みんなのうたの1から9までと「おんぼろピアノ」が。

早速カーソルで選んでダブルクリックしてみるとなつかしいあの歌が。がーん。
オレもまんざらバカではなかったんだ。

ちゃるちゃんさん、本当にありがとうございます。
T野は感涙にむせんでおります。
これからは多少辛いことがあっても生きていけそう。

「はるかな友に」なんかも大好きです。

思えばこのMebiusもかつて羽振りの良かった時代に競馬で大穴を一発当てた記念に買ったもの。
こんなものがまた活躍してくれるとは。因果は巡り巡る。
つくづくオレというやつは運に恵まれているのだなあ。
posted by T野 at 19:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オートバイ

カップヌードルを食べてちょっと昼寝のつもりが起きたら6時半。よう寝るなあ。
うっかり眼の手術のことを忘れてつい習慣で顔を洗いそうになる。
来週の木曜までは洗っちゃいけんのだ。でもいずれぜったい洗いそう。
とりあえず風呂に入る。

ちゃるちゃんさんからコメントが入っていて、いただいたCDはやはりPCでないと聞けないようだ。
今時PCも持ってないのがいけんのだがiPadの月賦も1年近く残っているし
かくなる上は下司病院のO倉に頼んで知人に預けているノートPCを一時借りるしかないであろう。
何とかしよう。
しかし万事お金の世の中だなあ。

そういえば昨夜BE-PALの村上春樹特集を読んでいたら、オートバイに乗って海辺を走っているオヤジが出てきて、老後はこれかなとふと思った。
実はオレの若いころの夢はオートバイの後ろに彼女を乗せてしがみつかせて疾走することだったのである。
今からでも遅くはない。オートバイは高価なものだろうが免許ぐらいは取れるだろうし、友人のコネを駆使して30年ローンとか組めば何とかなるだろう。競輪で一発というのもアリかな。

なあに例えば末期癌だとか宣告されたら自殺の手段にも使えるのである。ホスピスにいる金はないし、それを考えれば安い。
いくらなんでも自転車で全力疾走のあげく飛び込み自殺では悲しすぎるのではないだろうか。目に浮かぶようだが。

よおし決まった。定年後の目標はオートバイ。
誰もいない海に向かって約束しよう。
マンディアルグの古い小説を思い出すなあ。
posted by T野 at 19:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする